時計のある風景 ー ティソ(Tissot)編
”MIJもいいじゃない”
”お薦め一品” 
”貴方はアポロ派、それともファ−スト派?” 
”ユリスナルダン,GMT” 
”ワインディングボックスって、どうなの?”
As time goes by. 〜あなたと過ごした時間〜 (カフェテリア・カビノチェMINIさんより)
作品集
可憐な時計
時計ジャーナリストの休日
ミッキーマウスレベルソ
「一生モノ」の時計
ナースの愛用品
実用時計あれこれ
褐色時計の撮影とカメラ
時計は語る
角型時計の美学
一枚の写真
パラドックス ー 好きな時計を身につけた時
時計が似合う
時計のある風景 ー ティソ(Tissot)編
「時計の唄」(カフェテリア・カビノチェ、GP7000さんより)
ストップウォッチの思い出
角型時計を探して
パテック・フィリップについて
ロレックス・デイトナについて
   
   
   







 


今から5年くらい前の話。

とある会社にとてもよく働く年配の女性社員、Yさんがいた。

Yさんは仕事もできる人だったが、何よりも後輩の面倒見がとてもよい人だったので若い女子社員から慕われていた。
きれいずきだったらしく、しょっちゅう机の周りなどの整理をしたり、粘着テープのついたローラーで床掃除をしていたのを覚えている。

大学に入ったばかりの娘と、結婚した息子、彼女は仲の良いご主人と共に力を合わせて家族の幸せを築き上げてきたのだと思う。

仕事の休憩時間、私は休憩室で煙草を吸いながらぼんやりとしていたらYさんがやってきて、「食べる?」と言いながら煎餅を差し出してくれた。
日頃あまり食べない煎餅だが、Yさんがくれたそれは、なんかなつかしい味がした。

出向社員だった私は慣れない職場に戸惑いながら、それでも精一杯明るく振る舞って、なんとかそつなく仕事をこなしていた。

でも、ちょっと無理をしていたのか、休憩室などで一人になると妙に力が抜けたようになり、ホッと一息ついて物思いにふけりながら自分の内面を見詰め直したりしていた。

そんなときに、職場の誰かが傍に座ったりすると正直なところ面倒に感じることもあった。

また無理して明るく振る舞うのがおっくうになるのだ。
でも、Yさんが近くに座って話し掛けてきた時には不思議とそんな気は起こらなかった。

なんか、自然体で話ができた。
話の内容は他愛もないものだった。
「毎日弁当を作るのが大変」とか、「昔はよく本を読んだものだ」とか、「息子の嫁との接し方」とか・・・・。
でも、もらった煎餅を食べながら、「うんうん」と相づちを打って話を聞いていると何となく心が休まるのだった。

そんなYさんは、いつも同じ時計をつけていた。
小さな銀色の時計、ティソのクォーツ時計だった。
「その時計、毎日つけてますね。気に入ってるんですか?」と聞いたら、

「そうなの、もう15年くらい使ってるわねえ。主人が出張行った時に買ってきてくれたのよ。」と言いながら、腕から時計を外して私に見せてくれた。

傷だらけだった。
時間が8分進んでいる。

「時間が狂ってますよ、直しましょうか?」と聞いてみたら、
「いいのよ、ちょっと進んでた方が時間に遅れなくていいから。」と言って正確に合わせようとしないのだった。

そして、「これないとダメなのよ、わたしはしょっちゅう時間見るから。」と言いながら大切そうに腕につけた。

数ヶ月の出向期間が終わって、私は職場を離れることになった。

Yさんは、「これからもがんばってね。」と言ってハンカチをくれた。

人と人の出会いっていうのは面白いものだ。
それが、たった数分くらい話をするだけの出会いであったとしても、何年も心に残ることがある。

Yさんに休憩室で見せてもらったティソは、彼女にとってなくてはならない生活必需品だった。
それだけに、彼女の人柄を偲ばせる雰囲気があった。

今ごろYさんはどうしているだろう。
もう、仕事を辞めてしまったのだろうか、それとも相変わらず一生懸命働いているのだろうか。

でも、今でも彼女はあの時に見せてもらったティソを使い続けているに違いない。



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