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「ここだけの話」


みなさま,時計の調子はいかがですか?
佐々先生の紹介でこちらに遊びに来ました。
私はとある西と南の間の島に住む学生です。
よろしくお願いいたします。
先人の足跡を追って時計の機構の変遷を遡っていくうちに、気がつけば古時計の世界に引き込まれていました。

もう草木も眠る時となって参りましたが,私が持っているモノの中で一番の年寄りで唯一の古時計 Paterson さん[1]についてちょっとお話しいたします。
いえ,彼は「俺はまだ現役や!年寄り扱いすんな!」などと言っています。
1823 年の英国生まれ[2]のようですので、祖祖父のそのまた祖祖父くらいの年齢ですよね。
しかしながら、自ら現役と言うだけあって、1日に数分の誤差で時を示しています。
もっとも、17、18世紀に生み出された時計が現役で時を刻んでいることを考えれば、彼などまだまだ若造なのかもしれません。

彼が私の所に来たのは、実際に古時計を肌で感じたいと思い、とりあえず勉学のためにシンプルなものをいろいろと探していた時のこと、フュージ機構を搭載したバージ脱進機[3]でめずらしいウォッチペーパー[4]もついているよと紹介されたのが始まりでした。

この Paterson さん,風防はガラスではなく透明高分子材料で、針もおそらくオリジナルのものではありません。
歴代の所有者がうっかり地面に床に落としてしまったのでしょうか、転んだ拍子にでもぶつけてしまったのでしょうか、よくみるとケースにでこぼこがあり、過去にいろいろと修理が施されているようでした。
また、褐色になったウォッチペーパーやケースに書き込まれた16ヶ所にわたる数字の列[5]を眺めても、彼の歴史を感じます。
彼は今、私のポッケの中という一定の空間に局在していますが、時間軸には過去にも未来にも広がっているそんな存在なんだなぁ、いえ、空間的に縮退したからこそ時間的に発散するのだなどと怪しいことを考えたりしています。

あっ失礼、話が別の方向に行きそうになりました.....
角穴車さんが眠っておられるようなので、ちょっと声のトーンを下げます。
そうそう、昨年12月の暮れのことです。
そんな彼に異変が生じていることに気付きました。
"不整脈"があらわれ、時折止まるようになったのです。

何が原因なんだろう。
とりあえず一つ一つの部品が大きく、複雑な構造ではないので、見よう見まねで分解洗浄をしてみました。
私にもできるかな、いやできると言い聞かせつつも深追いは禁物と考え、激しく動作する脱進機周辺の部品のみを取り外し、洗浄・注油・組立を行いました。
洗浄してあらためて観察すると、バランスコックの彫刻もよりかっこよく見え、銀製ケースも白い輝きをとりもどしました。

早速、ゼンマイを巻きテンプを動かしてみました。
緊張の一瞬です。
しかしながら、"止まり"はなくなったものの動きが弱々しく"不整脈"は治っていませんでした。
そこで思い切って佐々先生に相談したところ、クラウンホイールの受け(カウンターポテンス)の調整で治りそうとのことで、大事には至りませんでした。(私の話を聞いて時計を分解して壊してしまっても責任は持てません。このあたりの詳しい失敗談はまたの機会ということで.....)

その後、Paterson さんには「もっと丁寧に扱えっちゅうねん!」としかられましたが、今日も元気に時を刻んでいます。
しかし、組み立てるとき、地板を止める直径0.3 mm 長さ 2 mm ほどのくさびを一つ暗闇に飛ばしてしまったことは彼にはないしょですよ。

by なの




References
[1] Paterson さん:
時計師に敬意を表しそうよんでいます。
シルバー・ペアケース.バージ脱進機、フュージ機構。
Paterson 作,エジンバラ.1823 年ホールマーク。
バランスコックに鬼?の彫刻.白エナメルダイヤル。
Liberty? が描かれているウォッチペーパー。
(1823 年米国モンロー宣言と関係あるかどうかは不明です。)

[2] 1823 年の英国生まれ:
地板の上板には時計師の名前や製作地名などの署名が彫られ、「時計師事典」などを参照すれば時計の製作者のことやおよその製作年がわかります。
またケースにはホールマークが刻印されており、ケース材質や製作地、製作年などが分かります。
古時計の世界では機械とケースの製作をそれぞれ別の(小さな)工房が行って、それを組み合わせて一つの時計となるのが普通のようです。

[3] フュージ機構、バージ脱進機:
それぞれ、動力を均等にする機構、「元祖」脱進
機で高さといいますか厚さを要する機構です。
詳しくは「用語集」を覗いてみて下さい。

[4] ウォッチペーパー:
内側ケースと外側ケースの間に挟まれてあり、ケースの保護的役割をしています。
時計商の商標が描かれてあったり、修理・調整のメモが書かれていたりします。

[5] ケースに刻まれた数字の列:
修理・調整の覚え書きや質草の番号などだそうです。
刻まれた数字の列の数だけ、時計師や質屋にお世話になったということでしょうね。


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