As time goes by. 〜あなたと過ごした時間〜
”MIJもいいじゃない”
”お薦め一品” 
”貴方はアポロ派、それともファ−スト派?” 
”ユリスナルダン,GMT” 
”ワインディングボックスって、どうなの?”
As time goes by. 〜あなたと過ごした時間〜 (カフェテリア・カビノチェMINIさんより)
作品集
可憐な時計
時計ジャーナリストの休日
ミッキーマウスレベルソ
「一生モノ」の時計
ナースの愛用品
実用時計あれこれ
褐色時計の撮影とカメラ
時計は語る
角型時計の美学
一枚の写真
パラドックス ー 好きな時計を身につけた時
時計が似合う
時計のある風景 ー ティソ(Tissot)編
「時計の唄」(カフェテリア・カビノチェ、GP7000さんより)
ストップウォッチの思い出
角型時計を探して
パテック・フィリップについて
ロレックス・デイトナについて
   
   
   







 


「時計好きなんですよ。今日はめているのは、ほら」
そういって見せられたのは、青いベルトのエベル・スポーツクラシックだった。
女性誌の特集などで、芸能人やスポーツ選手に愛用者が多いと書かれていたそれは、 薄い六角形の小ぶりのケース、白地にほっそりとしたギリシャ数字の文字盤など、 どれをとっても控えめで知的な上品さを感じさせるものだった。
そして、その時計がとても似合っていたその人に急速に惹かれだしていく自分に気付いた。

たとえば、ある人について思い出す時に、その人がはめていた時計を真っ先に思い出すことがよくある。
尊敬する職場のボスはピアジェとロンジン、いつも活発できびきびと仕事をしている仲良しのナースは緑のベルトのカシオGショック、結婚前は相当なプレイボーイだったらしい先輩はカルティエのパシャCホワイトダイヤル、いつも上質なイタリア製のスーツを着こ なしている、ショップの店長はジャガールクルトのレベルソ。

いつも前向きな同期の友人 はシンプルなTISSOTの懐中時計を愛用している。

普段その人に対してこちらが抱いているイ メージ そのままのこともあり、全く違っていることもある。
そして、これは私が多少時計好きだからなのかもしれないが、付き合ったことのある男性について思い出す時に、必ず思い出すことは、その人の時計についてである。

学生時代に半年間付き合って別れた、ビートルズのジョンレノンとショートホープとジョージアのコーヒーが好きだった人は、タイメックスの時計をしていた。
まだ、サファリが 流行る前で、初めて聞く名前と、シンプルなダイバーズのデザインが印象に残った。

一緒 に旅行したのがきっかけでずれていった二人。
仲がよかった頃はよくドライブに行きただぼーっと海をながめていた。

その人のおかげで聴くようになったスタイル・カウンシルの 「shout to the top」のイントロが流れると、今でもあの秋の日ざしと澄み切った空気を感じることができる。

私たちはその日、会うのが最後だった。

卒業して故郷に帰ることが決まった彼。

一年後輩だった私は、国家試験が一年後に控えている以上追いかけていくこともできなかった。
ぎりぎりまで残るか、故郷に帰るか迷い悩 んだが結局帰ることを決めた彼と、それを受け容れざるを得なかった私。
最後に私の部屋を訪ねた彼に、私はタグホイヤーを贈った。

バイト代をためてやっと買ったものなので、4 万円ぐらいの本体はステンレスでベゼルだけがプラスチックのものだ。
ベゼルの深いブルーが、これから故郷で外科医として一歩を踏み出す彼にふさわしいような気がした。

「高かったんじゃないの?サンキュー。大事にするな。」

そんなことを言って、ぶっきらぼ うに私を抱きしめた。
進路をめぐっては人並みに話もした。
でも、私のために残るとは一度も言ってくれなかった。

帰ることはもう決まったことなのだから、泣いてもわめいても 変わりはしない。
いつだって、一緒にいても私の数歩先を歩いていたような彼。
一生懸命彼と並んで歩こうとしたけど、歩幅を合わせてくれることはたまにしかなかった。
もう、これで二人が一緒に歩くことはないのだ。
不思議と涙は出てこない。

その日は私の23歳の誕生日だった。
時計好きなエベルの彼は、地元の放送局のアナウンサーだった。
彼の会社の中にある、私が週一回勤務していたクリニックにやってきたのが出会いだった。
番組のスポンサーが時計店であったとき、その日彼がしていた時計に向こうが目を留めてそれがきっかけで仕事 がうまくいったこともあるといった。

はじめて二人で会った時のエベルのほか、オメガのシーマスター、ロレックスのサブマリナー、ロンジン、スウォッチのスキン、Gショック、 タグホイヤー。
おそろいにしたくて買った私のベビーGのアラームで、一緒に目を覚ますのが日課だった。

私たちはよく時計の話もした。
以前からカルティエのパシャCのピンクダ イアルに憧れていた私だが、すぐには買わないつもりだった。

「来年30歳だから、誕生日に自分で自分に買ってやるって決めてるの」
「じゃあ、俺は40歳になったら、カルティエのタンクを買おう」
「本当?」
「そう、おそろいだ」

彼は38歳だった。
そんなたわいもない約束をしただけでとても幸せだった。

会わなくなったのはいつだっただろう。
最後に会った時、お互いクリスマスにその年の自分へのご褒美として買った時計を見せ合った。
私はオメガのコンステレーションミニ、そ して彼はなんとパシャCのその年発売されたばかりのブラックダイアルだった。

それまでのパシャCとは違う、漆黒の文字盤に五分刻みのローマ数字。
幾分の重量感のあるそれも、彼の手元にはとても似合っていた。

4月がくれば、おそろいができると思ってうれしかったのは私だけだった。
彼はもう、心の中ではとっくに私と別れることを決めていたというのに。

そして30歳になっても、ピンクのパシャCが私のところにやって来ることはなかった。
ふと、あのエベルが欲しいと思った。

しかし、スポーツクラシックはモデルチェンジしてしまっている。
カタログを見ても、あの時のスポーツクラシックはどこにも見当たらない。
そんな時、偶然あるお店で扱ってい ることを知り、気が付くと私はそれを手にしていた。

私の手の中にある懐かしいそれは、やっぱりひどく上品でスマートで、憎らしいくらいに洒落ていた。

ブルーのベルトにDバックル。

そういえば、外しかたがわからなくて笑われてしまったことまで思い出した。
活気のある安くて新鮮な寿司屋で、私は緊張のあまり食べられなかったこと、店内のざわめき、そして店の主人の顔まではっきりと覚えている。

失った時間、そして今はもう会うことのない彼。
永遠に戻らないその時間を飛び越えて、 エベルは私の元にやってきた。
付き合っていた相手の時計を思い出すことは、その人と過ごした時間を思い出すことに等 しい。

バックルを調節しながらふと、そんなことを考えたらその時計がますますいとおしくなった。






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